フリーライター『日日maika’i』

フリーライター杉山 忠義が書くブログです。

住吉大社のクスノキ(大阪府大阪市)

住吉大社のクスノキ

 

全国に約2300社もある住吉神社の総本社、大阪・住吉大社には、クスノキの巨樹が何本も立っています。

 

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

 

中でも特に大きいのは、楠珺社(なんくんしゃ)と呼ばれる末社(まっしゃ)そばにある2本です。

 

楠珺社の社殿裏に立つクスノキは、幹周り約9.8メートル、樹高約18.5メートル、大阪市の指定保存樹となっていて、樹齢は推定1000年。古来よりこの地に立ち、地域住民のシンボル的な存在として、祀られていたことが想像できます。

 

実際、既に江戸時代の頃には、御神木として祀られていたそうです。巨樹のために神社がつくられた、と考えるのが一般的でしょう。一世紀を生きてなお樹勢はまだまだ元気で、根回りの太さは迫力満点。その大きさと樹勢の良さで、社殿の一部に樹がめり込んでいるほどでした。また、これまで訪れた他の巨樹と同じように、根元に白蛇が住みついているとのこと。その白蛇と巨樹をモチーフにしたお守りも売られています。

 

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

 

もう1本の巨樹は、楠珺社社殿の鳥居前に立っている「夫婦楠」と呼ばれるクスノキです。樹高約19.8メートル、幹周り約7.9メートル、推定樹齢約800年。こちらも社殿裏のクスノキと同じく、市の保存樹に指定されています。

 

名前の由来になっているとおり、幹が根本付近で2つにわかれているのが特徴です。夫婦楠も樹勢は良好。社殿前の鳥居を飛び越し、社殿の屋根にまで枝を伸ばしていました。

 

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

 

楠珺社と住吉大社本殿の道中にも、枯れは進んでいますが、大きなクスノキがあります。

 

その他の巨樹は、境内のあちらこちらに点在しています。住吉大社の紹介や見どころとあわせて、紹介していきます。

 

住吉大社

住吉大社

 

境内が広いこともあり、出入り場所はいくつかあります。今回は南海本線住吉大社駅」を利用。駅のホームに降り立つと、住吉大社の杜(もり)が目に飛び込んでくると同時に、目前を走る路面電車が印象的でした。

 

大鳥居をくぐると、見るからに傾斜がきつそうな赤い橋があります。「反橋(そりはし)」が正式名将ですが、太鼓橋とも呼ばれています。

 

住吉大社の反橋

住吉大社の反橋

住吉大社の反橋

住吉大社の反橋

 

やや分かりづらいですが、橋の上から池を挟むかたちで、2本の巨樹が立っています。案内板などは見当たりませんでした。

 

住吉大社のクスノキ

駅側の巨樹

 本殿に近い巨樹は「誕生石」と呼ばれるスポットに立っていることもあるのでしょう。しめ縄が張ってありました。ちなみにこのスポット、源頼朝の子といわれる島津忠久が誕生した場所で、安産親交の対象となっているそうです。

 

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

住吉大社の誕生石

向かい側の巨樹

 

橋を渡り終えると進行方向右側に巨樹があり、こちらもしめ縄が張ってあります。橋から先のエリアは本殿が4つ建ち並ぶ、まわりとは別の区画になります。そのエリア内に入るとまず1本、その後も数本のクスノキの巨樹が立っていました。

 

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

住吉大社のクスノキ

 

冒頭紹介した楠珺社に向かう道中に、書物を納めている御文庫(おぶんこ)と呼ばれる白い蔵があります。この前にも1本立っています。

 

住吉大社の御文庫

住吉大社のクスノキ

 

住吉大社には数多くの巨樹だけでなく、見どころもたくさんあります。

 

うさぎの口から水が注がれる手水舎

 

石舞台

 

慶長年間の頃に豊臣秀頼によって奉納されという石舞台です。厳島神社四天王寺にある石舞台とあわせて「日本三舞台」のひとつで、重要文化財に指定。現在でも毎年5月になると、雅楽の演奏と舞が見られるイベントが開かれています。

 

楠珺社周辺に立つ3本の巨樹の周辺には、赤いのぼり旗がたくさん掲げられ、そこには「初辰まいり」という文字が大きく書かれていました。楠珺社はお稲荷さんが祭神ですから赤いのぼり旗は分かります。でも「初辰」という言葉、みなさんはご存知ですか。

 

楠珺社は特に商売繁盛に強い神社であり、初辰とは毎月最初に迎える辰の日のことだそうです。その「はつたつ」という言葉が「はったつ」に転じ、「商売発達」を求める大阪商人が、定期的にお参りにきているとのこと。ちなみに辰の日は干支にちなんだ暦であり、12日ごとにきます。

 

住吉大社は楠珺社のように、境内に別の祭神を祀る神社が数多くあります(摂社、末社といいます)。楠珺社だけでなく、他の末社にも商売繁盛に強い神社があり、これらの神社を初辰の日にすべてお参りすることを、「初辰まいり」というそうです。

 

神社建築史上最古の様式とされ、国宝建造物でもある第一本宮から第四本宮まで4つの本殿が建ち並ぶエリアの雰囲気は別格でした。自宅近所にある氏神を祀る神社のそれとは一線を画す、まさに神々しい雰囲気です。巨樹に興味がある方はもちろん、神社仏閣好きにも、魅力的な場所だと思います。

 

住吉大社公式Webサイトhttp://www.sumiyoshitaisha.net/

 

 

蒲田神社のクスノキ

蒲田神社のクスノキ

 

東海道新幹線の主要駅「新大阪駅」から、同じく大阪の主要駅を通る人気路線、地下鉄御堂筋線で一駅という都心エリアに、推定樹齢1000年もの巨樹が立っているのを、ご存知ですか。

 

「東三国駅」から徒歩3分にある「蒲田神社(かまたじんじゃ)のクスノキ」です。新大阪駅に比べると落ち着いていますが、それでも神社の前には交通量の多い道路が走っています。神社が小ぢんまりしていることもあり、近くづくにつれ、巨樹の樹形が見えてきます。

 

蒲田神社のクスノキ

蒲田神社のクスノキ

蒲田神社のクスノキ

 

表参道の鳥居そばにある案内には「大樹の森(杜) 鎮守の杜」との説明書きの項目があり、次のように書いてありました。

 

「明治・大正の頃までは天を突く高樹・大樹が宮を覆い、昼尚暗い神域で、楠(くす)、杉(すぎ)、松(まつ)の大木・高木が茂り立ち、緑の深い原生杜と伝う」

 

案内板どおり、樹齢1000年の巨樹以外にも、境内にはたくさんの巨樹が立っています。ただスギやマツの姿は見ることができず、すべてがクスノキでした。

 

蒲田神社のクスノキ

 

1000年のクスノキが立つ場所は、本殿裏側の公園と隣接する場所です。根回りは8~9メートルといわれていますが、特に指定を受けている樹ではないため、正確なサイズは分かりませんでした。幹が3つに枝別れてしていること。一番太い幹が切断されているため、樹高はそれほどありません。

 

蒲田神社のクスノキ

蒲田神社のクスノキ

蒲田神社のクスノキ

蒲田神社のクスノキ

蒲田神社のクスノキ

蒲田神社のクスノキ

蒲田神社のクスノキ

 

切った幹の一部は境内に祀られていて、その一部に触ることができます。案内によれば、右の手で3回撫でると、クスノキの霊気が受けられるそうです。案内に従い、右手で3回撫でました。

 

蒲田神社のクスノキ

蒲田神社のクスノキ


 

若宮八幡宮のケヤキ(茨城県常陸太田市)

若宮八幡宮のケヤキ


若宮八幡宮への最寄り駅である「常陸太田駅」には、レンタサイクルがあります。ただ神社が高台にあること。歩いても20分ほどの距離なので、私は歩いて向かいました。

 

常陸太田駅

 

観光案内所も併設する、整備された常陸太田駅の目の前を走る国道293号を北上していきます。15分ほど歩くと、高台の端に立つ神社ならびに、断崖沿いに何本も立つ巨樹の姿が目に飛びこんできます。通ってきた幹線道路から外れ、神社に向かう路地裏の急な階段を歩きます。

 

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

 

鳥居の前に立つと、本堂に向かう参道の両脇に、基本、対に立ち並ぶケヤキの姿が確認できます。

 

若宮八幡宮のケヤキ

 

情報では境内のケヤキは6本とのことでしたが、境内の外すぐになりますが、そばに一本。また本堂の裏側にも細いですがケヤキらしい木がありましたので、正確には8本かと。スギの巨樹も立っています。

 

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ 

若宮八幡宮のケヤキ

 

中でも一番大きなケヤキは、鳥居のすぐそば、鳥居をくぐった右側に立つ一本で、案内板に書かれている巨樹の情報も、おそらくこちらの内容だと思われます。治療の痕も見られ若干痛々しくはありますが、根回り約25メートは圧巻で、樹勢も良好そうです。幹周り約11.4メートル、樹高約30メートル、推定樹齢640年。県の文化財であると共に天然記念物指定を受けています。神社が創建された際に植えられたといわれています。

 

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

 

一方、道路側の崖に立つ1本は、かなり枯れが進んでいる様子。その他、こじんまりとした楼門に向かうまでの崖側に1本。楼門の両サイドに1本ずつ。本殿の右脇と境内の外になりますが、その先に1本。そして先ほど紹介した本殿裏の1本が確認できました。

 

若宮八幡宮のケヤキ

若宮八幡宮のケヤキ

 

境内には東日本大震災の影響で崩れたという石玉垣も。駅の方に目を向ければ、高台の端ということで、かなりの眺望が広がっており、神社が町のシンボルであることが想像できます。

 

若宮八幡宮

 

実際、神社のホームページを見ると、いろいろとイベントが開催されているようでした。興味のある方は、ご覧になってみてください。

 

若宮八幡宮ホームページ:http://wakamiya-hachimangu.org/

 

新庄之宮神社の夫婦楠

新庄之宮神社の夫婦楠

 

夫婦楠が立つ 「新庄之宮神社」は広島市の市街地、交通量の激しい国道沿いにあります。アクセスは広島駅からバスもしくはレンタサイクルで20分ほど。私が訪れた日は雨が降っていたので、バスを利用しました。「大芝町」バス停で下車すると、神社までは150mほどで、バスから降りたと同時に、巨樹の樹形が目に飛び込んできます。

 

新庄之宮神社の夫婦楠

新庄之宮神社の夫婦楠

新庄之宮神社の夫婦楠

 

一見するとあたりの環境はあまりよくなさそうですが、実はこのあたりは今も付近を流れる太田川水系が形成した、日本でも有数の三角州である「広島デルタ」の北端エリア。つまり、樹が誕生・成長していた数百年前は、おそらくあたりはアシが生い茂るような湿地帯であり、クスノキにとってはたまらない環境であったことが推測できます。

 

そのため神社以外の場所でも、このあたりにはクスノキに限らず、数多くの巨樹が立っていたそうです。

 

新庄之宮神社の夫婦楠

新庄之宮神社の夫婦楠

 

道路側が妻(雌)の樹で、幹周り約5.35m、根周り約10m。社殿側に立つのが夫(雄)のクスノキで、さすがは男性と言うのでしょうか、こちらの幹周りは妻よりも1m以上大きい約6.4m、根周りはさらに大きく約11.4mです。樹高や樹齢はどちらも同じく、約30m、500年で、県の天然記念物指定を受けています。

 

幹線道路側に立つのが妻

 

社殿側に立つのが夫

パッと見では、それほど大きさの違いは分かりません。しかし根元に目をやると、その差は歴然。夫楠の根元の強靭な様は、まさに男性らしい“隆々”という印象です。

 

新庄之宮神社の夫婦楠

新庄之宮神社の夫婦楠

 

大枝の折れなどが見られ、樹皮もあまり元気のないよう様子です。ただ葉っぱには元気がありました

 

新庄之宮神社

新庄之宮神社

 

神社の歴史は夫婦楠よりも古く、創建は正慶年間(1332~1333年)の頃。社殿は1835年に建て替えられた建築物で、歴史を感じます。

 

神社が立つ場所は、原爆が投下された場所から約2.9㎞の距離。当然、夫婦楠も社殿も被曝したことになります。ただ幸い、あたりに家屋が点在していたそうで、火災などの被害には至らなかったとのこと。そして価値ある遺物を後世に残そうと、2004年に社殿の保存工事が行われます。

 

新庄之宮神社

 

境内は意外に広く、夫婦楠以外にも大きな樹が転々と立っています。残念なことに訪れたのが寒い時期であったため、ほとんどの樹に葉っぱはありませんでしたが、暖かくなるにつれ、境内にはたくさんの緑を纏った巨樹が立ち並び、見事なオアシスを形成することでしょう。

 

新庄之宮神社の夫婦楠

 

夫婦楠の前に立つと、しめ縄がお互いを繋ぐ赤い糸に思えて仕方ありませんでした。被曝当時、しめ縄があったかどうかは分かりませんが、街の景観も含め、これまでもこれからも、夫婦で仲良く世の移り変わりを見続けていくことでしょうね。

稗島のくす(大阪府門真市)

稗島のくす

 

前回紹介した「薫蓋樟」から歩いて10分ほど。古川・三庄橋付近の民家の敷地内に、「稗島(ひえじま)のくす」は立っています。

 

稗島のくす

稗島のくす

稗島のくす

稗島のくす

稗島のくす

稗島のくす

 

樹高約10m、幹周り約8.8m、推定樹齢400年以上。市内では薫蓋樟に次ぐ大きさを誇り、府の天然記念物指定を受けています。民家の敷地から、川側も含め枝葉が豪快にせり出しているのが特徴的で、川面には逆さになった樹影が映っています。樹冠雄大さは、200m先にある三島大橋からも確認することができます。

 

稗島のくす

稗島のくす

稗島のくす

稗島のくす

 

根元からすぐで主幹が大きく枝分わかれしており、角度によっては4本にも見えますが、実際は3本です。樹勢は良好で、道路側から少し離れてクスノキを見ると、その存在感に改めて気づきます。

 

堤根神社のクスノキ

堤根神社のクスノキ

堤根神社のクスノキ

堤根神社のクスノキ

堤根神社のクスノキ

 

そばにある堤根神社にも数本のクスノキが立っています。

 

門真市のクスノキ

門真市のクスノキ

 

さらに、薫蓋樟から稗島のクスに至る道中にも、数本のクスノキが。まさしく、門真市クスノキの街であるとの印象を持ちました。

 

ちなみに「ひえじま」とはこの辺りの地名ですが、明治末ごろまでは大阪中心部に向かう乗船場だったんだとか。そのため、休憩所や船宿もあったとのこと。

 

当時の面影は見当たりませんでしたが、クスノキが立つ辺りは宅地化はされていますが、古くから残る屋敷風の建物も多く見られ、東京でいうところの下町的な情緒を感じました。

 

 

三島神社の薫蓋樟(大阪府門真市)

三島神社の薫蓋樟

 

国の天然記念物指定、新日本名木百選、大阪みどりの100選、神秘的な巨樹ベスト10(薫蓋樟は9位)、門真市の木といった具合に、数々の肩書きを持つのが、大阪府門真市三嶋神社に立つ薫蓋樟(くんがいしょう、くんがいクス)です。

 

三島神社の薫蓋樟

三島神社の薫蓋樟

三島神社の薫蓋樟

 

府内で最大、国内でも有数の大きさを誇るクスノキで、幹周り約13m、樹高約24m、推定樹齢1000年。神社が小ぢんまりとしていることもあり、その迫力たるや、実際に訪れた者を圧倒する雰囲気を持っています。

 

三島神社の薫陶楠

三島神社の薫蓋樟

 

クスノキらしく、幹も枝葉も千手観音のように自由気ままに伸びているのですが、主幹がかなりの太さのため、数本に分かれている幹それぞれも、かなりの太さです。そのため枝葉を伸ばしているというよりも、以前紹介した「金袋山のミズナラ」のように、まるで首長恐竜もしくは大蛇が、社殿や神社の壁に当たらないように、その首を伸ばしているようにも見えます。

 

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

 

枝張りのスケールは東西南北共に約34m。天地よりも水平方向に大きく広がっており、枝先は境内外の道路や隣の民家にまで達していました。

 

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

 

クスノキは社殿目前の一段あがった場所に窮屈そうに立っているのですが、スロープなどが設けられていてぐるりと一周できます。一周して見てまわると、改めて主幹の太さに驚くと共に、縦横無尽に伸びた枝葉が、社殿も含め神社全体を覆っていることが分かりました。

 

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

 

主幹にはコブや凹凸が目立ち、樹皮も場所によってはクスノキというよりもマツのようにゴツゴツしており、、1世紀以上生きている歴史を感じさせるに相応しい風貌です。樹勢は良好そうで、枝葉についたたくさんの葉っぱが風に揺れ奏でる、サワサワという音色にしばし癒やされました。

 

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

 

今でこそ元気ですが、昭和9年室戸台風や、辺りの宅地化による地下水の枯れなどにより、何度か樹勢が衰えたことがあったそうです。そこで地元の人が保存会を結成、対策を施し、現在に至っているとのことでした。

 

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

 

確かに、折れた大枝を修復した跡や支柱なども設けてられていて、手入れの届いている様子が伺えます。同時に、神社の地面には枯山水とまでは言いませんが、ホウキなどで掃いたのでしょう。掃除や手入れをしている跡があり清潔そのもの。巨樹も神社も愛されていることが伝わってきます。

 

なおこの木には、いくつかエピソードがあります。1つ目は、肥料代わりに日本酒を撒く習慣があったという逸話。鏡開きで使う一番大きいサイズ、一升瓶40本分の酒量に相当する四斗樽まるまるだったそうです。

 

2つ目は大正年間の頃の逸話です。近所に電灯を敷設することになり、クスノキの枝先が邪魔で少し切ったところ、剪定をした人が腹痛を起こしたそうです。そして以後、剪定は控えられるようになったんだとか。

 

三島神社の薫陶樟

 

3つ目は名前に関してです。木の根元にある歌碑の詩に由来しているとのこと。幕末に活躍した左少将・千種有文(さしょうしょう ちぐさありふみ)という人物が歌ったそうですが、歌詞が書かれているであろう石碑は表面がかなり汚れていて、確認できませんでした。

 

三島神社は、もともとは山王権現を祀った神社だったそうですが、その後の合祀などにより現在は、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、大己貴命(おおなむちのみこと)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)の三神を祀っています。

 

三島神社の薫陶樟

三島神社の薫陶樟

 

アクセスは、大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線門真南駅」から徒歩10分。あるいは大阪高速鉄道大阪モノレール線門真市駅」から徒歩30分。辺りは宅地ですが、あちらこちらに案内板が出ているので、迷うことはありません。

 

私は門真市駅からアクセスしたのですが、大阪モノレール線の各駅には1泊2日200円で利用できるレンタサイクルがあるので、利用しました。

 

あたりには、この薫蓋樟まで大きくないものの、クスノキの巨樹が多く自生しています。その理由を調べてびっくり。このあたりは太古の昔、河内湾という海の底であり、その後湖となり、湿地、田んぼを経て現在に至ったというのです。

 

中でも薫蓋樟の付近は特に低平な地域だったようで、最後まで河内湖の名残を残していたとか。実際、近くには川がいくつも流れています。おそらく造成宅地という人の手が入っていなかったら未だに湿地だったでしょう。そして、さらに大きなクスノキが自生していたかもしれません

 

目を閉じ、薫蓋樟に触れながら、そんな古の光景を私はイメージするのでした。

陣馬山・高尾山縦走

陣馬山・高尾山縦走

登山日は2014年12月10日。登山コースは以下のルートになります。

 

陣馬高原下バス停→高尾山口駅

陣馬山・高尾山縦走

 

■コース詳細

JR中央線高尾駅」→西東京バス「陣馬高原下バス停」→陣馬街道→陣馬山新ハイキングコース→陣馬山山頂→明王峠→景信山山頂→小仏峠→城山山頂→一丁平→モミジ台→高尾山山頂→京王線高尾山口駅

 

高尾山は気軽に登ることができるのが魅力ですが、そこそこ山登りをしている人にとっては、どうしても距離が足りないかと。そんな方におすすめなのが、高尾山から陣馬山方面に伸びる縦走コースです。

 

今回は陣馬山からのルートでしたが、もちろん高尾山側からでもアクセス可能です。高尾山側からであれば、疲労度によって途中でいくつも逃げ道(各山頂やスポットから下山できる)があるので、体調や時間を気にしながら、自分のペースで楽しめるのも魅力です。

 

ちなみに僕が今回通ったルートは、「陣馬高原下バス停」から「高尾山口駅」まで、総距離約21.6㎞です。

 

そこそこ険しい道もあり、正直、次の日は筋肉痛でした(笑)。ただ健脚な人であればスティックがなくても問題なくクリアできます。僕も、使用しませんでした。

 

では、コースを紹介します。

 

JR中央線高尾駅北口」

 

西東京バス[霊園32]陣馬高原下行きに乗車(8:34)

スタート地点はJR中央線高尾駅」。北口側に出て左に向かうと、小ぢんまりとしたバスターミナルがあるので、そこで[霊園32]陣馬高原下行きバスに乗車。ちなみにバスは平日も休日も1時間に1本ペースで運行しています。

 

今回は平日ですが、バス内の席がちょうど埋まるほどの乗車客で、その多くが登山者でした。

 

バス時刻表

http://bus.ekitan.com/rosen/Rp610?t=0&b=310171&f=0&com=0&r=98

 

陣馬高原下(09:08)

約30分で終点「陣馬高原下」に到着。ここから舗装路を経由して陣馬山の登山コースに向かいます。停留所にはトイレやベンチがあるので、ここで改めて装備をチェックしたり、身支度し直す人が大半。僕もダウンやボトムスのアウターを脱ぎ、いよいよスタートです!

 

案内板

陣馬街道(09:15)

バスの停留所には登山の案内板が。予定していたコースを見ると「390分」とありますが、実際にはそれほどかかりませんでした。

 

20分ほどゆるやかな林道を登ると、陣馬山の入山口に到着。右に進むと「和田峠」経由ですが、今回は直に陣馬山山頂を目指す左側のルートを選びました。

 

陣馬山入山口(09:35)

陣馬山

陣馬山

 

登りはじめの雰囲気はこんな感じです。毎回そうですが、登山のしょっぱなの傾斜はきついです(苦笑)。

 

陣馬山

陣馬山

陣馬山

 

山頂に近づくにつれ、落ち葉が目立ち、冬山らしい空気の澄んだ落ち着いた雰囲気が。霜柱もあり、ぬかるんでいる場所もかなりありました。

 

陣馬山山頂

陣馬山山頂(10:17)

富士山方面の眺望

南アルプス方面の眺望。雪がかかっているのは悪沢岳赤石岳

陣馬山山頂

 

特に休憩はとらず、山頂まで一気に登りました。山頂では、白い馬が迎えてくれます。標高約855mの山ですが、360度のパノラマは絶景。富士山はもちろん、南アルプスの3000mを超える悪沢岳赤石岳まで見えます。

 

陣馬山山頂を出発(10:45)

少し休憩をして、次の目的地である景信山を目指します。

 

高尾山口までのコース案内板

登るまで知りませんでしたが、このあたりのコースは「関東ふれあいの道」とのこと。案内板によれば、今回のルートはおよそ19㎞でした。

 

関東ふれあいの道

 

経由地である「明王峠」に到着。ここから相模湖方面へのコースもあります。平日だからでしょう、お茶屋さんはお休みでした。トイレは使えます。

 

明王峠(11:20)

相模湖方面へのコース

途中、松の木が目立ち、マツボックリが多く落ちています。

 

関東ふれあいの道

 

景信山に到着。陣馬山の山頂と比べるとかなり広く、お弁当を食べることのできるベンチ&テーブルもかなりの数あります。お茶屋さんも休みでしたが、こちらもかなりの規模。雑誌でも取り上げられている「揚げたての山菜天ぷら」が名物のようで、今度は休日に仲間ときて、ビールを飲みながら食べたいと思いました。

 

景信山山頂(12:20)

景信山の茶屋

 

 

ランチを取り、しばし休憩。次に目指すは小仏峠です(12:52)。

 

関東ふれあいの道

関東ふれあいの道

 

景信山山頂から小仏峠に向かうコースは、都心部東側の展望がとても良く見えます。おそらくいま歩いているところは、中央道の渋滞スポットとして有名な「小仏トンネル」の真上あたり。並行する中央道と中央線、さらに中央道と交差する圏央道の様子がはっきりと見れました。

 

奥が八王子の町並み。橋のように見えるのが中央道と圏央道を結ぶ「八王子ジャンクション」。その手前が中央道とJR中央線

小仏峠に到着。今度は先ほどの都心部とは逆方面、相模湖の展望が開けています。

 

小仏峠(13:15)

小仏峠付近から相模湖方面の眺望

次は城山を目指します。

 

城山山頂(13:36)

城山山頂の茶屋

 高尾山が近くなってきたからでしょう。城山山頂の茶屋は営業していました。どこの茶屋でも見られるのが「なめこ汁」。名物のようです。

 

次は一丁平を目指します。道も陣馬山あたりと比べると、かなり整備されています。

 

関東ふれあいの道

関東ふれあいの道

一丁平(13:56)

 

あとは高尾山山頂手前のモミジ台を経由するのみ。ただ、ここから長い階段が続くので、疲れが溜まってきた脚にはこたえました。

 

関東ふれあいの道

モミジ台(14:18)

高尾山山頂だと人が大勢いるだろうと思い、ここでしばしのんびりと休憩。靴中にはけっこうドロが入っていたので、靴のケアなども行ってから出発します(14:35)。

 

高尾山山頂に到着。現在山頂にあるビジターセンターは改築中とのことで、仮の建物で営業していました。

 

高尾山山頂(14:35)

工事中のビジターセンター

仮の建物で営業中のビジターセンター

あとは高尾山を下るだけです。せっかくの長丁場だったので、最後もしめようと一番大外の「稲荷山コース(3.1㎞)」を選択。1時間を目標としました。

 

高尾山・稲荷山コース(15:00)

高尾山・稲荷山コース

高尾山・稲荷山コース

高尾山・稲荷山コース


落葉や少し残っていた紅葉をみながらの1時間、ゴールの高尾山入山口に到着しました。

 

高尾山・稲荷山コース入山口(15:54)

今回のルートの特徴は、とにかく距離が長いこと。そのため歩くペースが遅い人だと、その分時間もかなりかかります。

 

ちなみに僕の場合は9時15分出発、到着が15:54分、休憩が約1時間45分ですから、実質約5時間歩いていたことになります。

 

一見すると長そうですが、以前雲取山に登ったときは今回よりもはるかにキツいルートで、かつ10時間もの長丁場を経験したので、それに比べれば全然。スティックも使いませんでした。

 

最後に私の体力データを参考まで。

 

――体力データ

 

年齢:41歳(男性)

 

スポーツ歴:高校時代ラグビー部、大学時代は、サーフィン、インラインスケート。その後、しばらくブランクあり(苦笑)。

 

現在の体力レベル:週2~3回程度のフットサル(サッカー)、ラン。183センチ73キロ。

 

それでは、安全で楽しい登山を!